雪が降るよと脅かされながら(笑)、NHKホールでワーグナーを、の巻。 |

|
カレンダー
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
タグ
オーディオ(171)
公演見聞記(98) オペラ音盤(86) テニス(61) フィリップ・プルマン(52) 児童文学(38) ワーグナー考察(35) 室内楽(30) D810(27) D800E(23) FMエアチェック(21) 東レ・パンパシフィック(21) α6000(20) α7RIII(20) ヴァルトラウト・マイアー(20) アバド(20) フリードリッヒ・グルダ(19) ベートーヴェン(18) 持ち物(18) シュターツカペレ・ドレスデン(18) カタリーナ・リゲンツァ(17) リヒアルト・シュトラウス(16) パルジファル(16) ファウンデーション(15) マルタ・メードル(14) カラヤン(13) エレーヌ・グリモー(13) ドン・ジョヴァンニ(12) パンケーキ(12) iPhone 12 Pro Max(12) ジャック・リーチャー(12) モーツァルト(12) 五味康祐(11) 名曲100選(11) トリスタンとイゾルデ(11) ブライトクランク(11) 黒田恭一(11) リー・チャイルド(11) Fire HD 8(10) iTunes(10) ダン・ブラウン(10) アストリッド・ヴァルナイ(10) クナッパーツブッシュ(10) ワルキューレ(9) ブルックナーとワーグナー(9) MacBook(9) グレコ・ローマン古典(9) ハリー・クプファー(8) ジョン・カルショウ(8) 新国立劇場(8) マルティン・ハイデッガー(8) タンホイザー(8) クリスティアン・ティーレマン(8) ピアノ・トリオ(8) ピーター・アンドリー(8) 翻訳(8) iPad Pro 12.9 第5世代(8) デルファイ(7) So war mein Weg(7) 録音スタジオの内側(7) 魔笛(7) ハンス・ホッター(7) 妖精の女王(7) 使い方(7) 影のない女(7) 大地の歌(7) ショーペンハウアー(6) グレン・グールド(6) インフェルノ(6) NLP(6) ヴィーラント・ワーグナー(6) ハイペリオン(6) ハンナ・アーレント(6) シャーンドル・ヴェーグ(6) 夏目漱石(6) 橋爪ゆか(6) ジョニ・ミッチェル(6) フルトヴェングラー(6) Audirvana Plus(6) ブルーノ・ワルター(6) ヘキサーRF(6) ステファン・ヘアハイムの指環(6) FMエアーチェック(6) キャサリン・フォスター(6) ダン・シモンズ(6) メンデルスゾーン(6) イモージェン・クーパー(6) 55mm F1.2(5) カルロ・マリア・ジュリーニ(5) 存在と時間(5) Magnus Flyte(5) 近所散歩(5) ジェニファー・ローレンス(5) マイスタージンガー(5) ウイリアム・ブレイク(5) Fireface UFX(5) ローエングリン(5) ロバート・ラングドン(5) クリスタ・ルートヴィヒ(5) Python(5) 最新の記事
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2026年 02月 07日
![]() 今日の演目はこんなところです。 シューマン/交響曲 第3番 変ホ長調 作品97「ライン」 ワーグナー/楽劇「神々のたそがれ」 ─「ジークフリートのラインの旅」 「ジークフリートの葬送行進曲」 「ブリュンヒルデの自己犠牲」 フィリップ・ジョルダン(1974-)はスイスの指揮者、みっち的には昨年10月のウィーン国立歌劇場公演「ばらの騎士」以来です。あの公演の興奮を思い出します。 またワーグナーファンにとって記憶に新しいのは、もちろんバイロイトでバリー・コスキー演出の「マイスタージンガー」を2017年から2021年まで、彼が指揮したことですね。そうそう、エリーナ・ガランチャがクンドリー役を歌った、ウィーン国立歌劇場「パルジファル」も彼の指揮でした。 さて、後半がワーグナー・プログラム、「神々の黄昏」からの音楽、「ブリュンヒルデの自己犠牲」を歌うタマラ・ウィルソン(1982-)はアメリカのソプラノ、メトで「アイーダ」のタイトルロールなど実績があるとのこと。さあて、どうなることやら、午後6時定刻よりやや遅れて、シューマンから演奏会は始まります。 シューマンの交響曲をレコードやCDではなく、実演で聴くのは久しぶりです。ただ、どうもオーケストレーションがねぇ、いやこれはN響の問題ではなく、作曲家の問題なんですけど、心地よく響きません。なんだか重っ苦しくて、交響曲らしいスカッとさわやかな響きがないなぁ。もちろん随所にシューマンらしい、インティメイトな楽想が盛り込まれて、愉しいのですが。例えば、第3楽章の冒頭、ヴィオラだけが優しい旋律を奏で、しばらくしてこれにヴァイオリンが加わってくるところなど、とっても好きですね。 ここで20分の休憩、NHKホールってのは、およそ文化的な香りに乏しいところです。建物がでかい割にトイレも足りませんしね。さあて、いよいよワーグナーです。 結論から云いましょう、ジョルダンの指揮の下、N響はよく弾きました。この夜ここで鳴ったのは、まさしくワーグナーの音楽です。管楽器のソロはまだ上には上があると思いますが、弦の厚み、音色、シューマンの時より編成の増えたオーケストラが咆哮するとき、久しぶりに、背筋がゾクッといたしました。 ああっ、それで肝心の「ブリュンヒルデの自己犠牲」はどうだったの、これはねぇ、なんちゃって、でありました。声量が足りない、声質がドラマティック・ソプラノじゃない、云々かんぬん、もう止めておきます。 みっちが実演で最初に聴いた「ブリュンヒルデの自己犠牲」は、1987年の西ドイツ(当時-笑)ベルリン・ドイツ・オペラ公演、カタリーナ・リゲンツァでした。それ以来40年の長きにわたって、聴き続けています。実演では、このあとすぐにギネス・ジョーンズを聴きましたが、リゲンツァの印象が強すぎて、あまり記憶にありません。そして、バレンボイム・ベルリン国立歌劇場公演のデボラ・ポラスキー、少し荒削りの印象。 最近では、東京春音楽祭のクリスティアーネ・リボール、この人はちょっとね、でしたが。(笑)あとは新国立劇場でペトラ・ラング、これは文句なくよかった、飯守泰次郎さんが元気に指揮されていた姿が目に浮かびます。あとは東京春音楽祭のガラで聴いたエレーナ・パンクラトヴァ、彼女の貫禄とその発するオーラには驚愕、ただ「ワルキューレ」第1幕抜粋は完璧でしたが、「ブリュンヒルデの自己犠牲」はちょっと留保付きではありました。まぁ、そんなものなんです。 ですが、こうして聴いてきた「ブリュンヒルデの自己犠牲」はいずれも一流、今宵のN響定期とは比較にもなにもなりません。一流レベルというのは、そうだな、テニスで云うなら、先日の全豪オープン決勝、エレナ・ルバキナが女王アリナ・サバレンカを破った試合のようなものです。それと比べれば、今晩の歌唱は、WTAランキングの100位前後の試合でしょう。そういう違いって、どんなずぶの素人であっても、明らかに分かるものなのです。 はい、そんなところが、今日の演奏会でありました。なんといっても、ジョルダン・N響の素晴らしいワーグナーが聴けてよかった、感想はこれに尽きるのであります。 記事冒頭の画像は、今宵のフィリップ・ジョルダン、タマラ・ウィルソン、N響のメンバーです。このようにカーテンコール後の写真撮影は普通のことになっております。
#
by mitch_hagane
| 2026-02-07 00:39
| 3.音楽
|
Comments(0)
2026年 01月 28日
![]() カサド:親愛なる言葉 サン=サーンス:あなたの声に私の心は開く(歌劇『サムソンとデリラ』より) シューマン:幻想小曲集 Op.73 ベートーヴェン:チェロ・ソナタ 第2番 ト短調 Op.5-2 笹沼 樹(Vc)、入江一雄(P) 今年はじめてのコンサート・ゴーイング、まぁシューマンのFantasiestückeと、ベートーヴェン目当てなんですけどね。このコンサートは、「ランチタイム・コンサート・シリーズ」ということで、午前11時30分から約1時間、お昼時のコンサートにしては、ずいぶん充実した内容、それでいてチケットは格安(今どき1,500円ですからねぇ)ということで、全席Sold Outとなっておりました。 結構な催しでありました。ですが、ただ社交辞令ばかり並べていても仕方がないので、正直な感想を申せば、シューマンは、10年ほど前にたまたまフランツ・バルトロメイさんのリサイタルで聴いて好きになった曲なのですが、さほどの感興なし、まぁ、こちらの受け取り方に問題があったのでしょう。ベートーヴェンの方は、少し心がざわつきましたけどね、しばらくコンサートに来ていないので、感度が低下しているのかもしれません。 今年は、2月からゴールデンウィークにかけて、いろいろ聴きに行く予定なので、耳の準備をしておかねば。そうそう、最近のコンサートでは、アンコール曲の題名が終演後に張り出されていることが多くなりました。今回もこんな感じ、とても愉しいアンコール曲でありました。 ![]() #
by mitch_hagane
| 2026-01-28 18:40
| 3.音楽
|
Comments(0)
2026年 01月 27日
![]() ![]() ところで今どきの人は寺山修司って、ご存知なんでしょうか?みっちが若かりしころ、既成の価値観にガチガチに縛られておりました。曰く、しっかり勉強して良い学校へ行き、有名大学へ受かって一流企業に就職する、ってやつですね。(笑)そんなころ、彼の存在はそうした価値観の対極に位置し、怪しい輝きを放つ危険な星でありました。 寺山修司という人、劇作家、歌人、アングラ演劇「天井桟敷」の主宰、やっぱり「文」の人だったと思います。1966年9月から「アサヒグラフ」に連載された「街に戦場あり」は、森山大道と中平卓馬が写真を撮り、寺山修司が文章を担当したシリーズでありました。そして、その後1967年4月から、同じく「アサヒグラフ」誌上で連載されたのが「世界の街角で」、これはロケーションとしてはニューヨーク(1回)、パリ(2回)、そしてアフリカはガーナの首都、アクラ(2回)の合計5回です。 ここでは、寺山修司自身が写真を撮り、文を書いています。もちろん文章は筆が立つから面白い、それで写真は素人だからつまらないかというと、そうでもないんですね。「世界の街角で1-5」アサヒグラフ1967年4月28日-5月26日号は、そう簡単には手に入りませんが、「ロミイの代辯: 寺山修司単行本未収録作品集」寺山修司 (著)、堀江秀史 (編集)、幻戯書房(2018年)という便利な本に収録されています。記事冒頭の画像も、その本から借りてきました。これは第1回のニューヨーク編です。 パリの写真では、人気女優のミレーヌ・ドモンジョ(1935-2022)なんかがしれっと写っています。こういうところは、やっぱり普通じゃないんだな。一緒に写っているフィアンセのマーク(のちの夫)は、あの作家ジョルジュ・シムノンの息子なんだそうで、シムノンのメグレ警部ものは、探偵小説というものに疎い方でも、あるいはご存知でしょう。 #
by mitch_hagane
| 2026-01-27 00:16
| 1.写真(カメラ)
|
Comments(2)
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||