*****いわゆる「ネタバレ」がありますので、未読の方はご注意ください*****
神吉拓郎(かんき たくろう 1928-1994)の「ブラックバス」(1981年)を読みました。
時は戦時中、東京からとある「湖」のほとりの別荘地に疎開している少年の、昭和20年8月15日の出来事を書いています。少年はその湖でブラックバスの釣りをしており、東京から訪れた友人の「キリン」と共に、終戦の詔勅を聞きます。ただそれだけの話なのですが、物語の構成に一工夫があり、最後になって、主人公が学徒動員の工場作業で利き手の手指(人差し指と中指)を失ったことが明かされます。これを踏まえて物語を遡及的(レトロアクティブ)に読み直してみると、あーっそうだったのか、と様々な気づきがある、なかなか凝った短編であります。
この本のことは、ブログのお友だちネコパパさんの記事で知りました。「ブラックバス」に直接触れた記事ではなく、伊藤氏貴「読む技法」(中公新書 2025年)に「解釈学的循環」とやらの好例として、挙げられているようなんです。まぁ、それはそれとしましょう。
まず気づくことは、主人公の少年を取り巻く環境がとても恵まれたものである、ということです。戦時中に東京を離れて疎開をしているのですが、そこは自前の別荘であり、別荘番の夫婦が住み込みで世話をしています。衣食住に不自由はなさそうです。ブラックバスのルアー釣りの詳細が語られ、それはただの釣竿ではなく、リールが付いた飴色のラッカー仕上げのアメリカ製の六角竿であり、ちょっと専門的な用語(例えば銀のスプーン、金のスプーン)が説明なしに登場します。友人「キリン」は父親のものらしい銀のシガレット・ケースにタバコを入れているし、手土産は鮭缶とアスパラガス罐です。戦前の回想として、主人公の叔父が、ショーツ姿の少女とテニスをする光景が描かれます。フランク・シナトラの1940年のヒット曲「I'll never smile again」のレコードを持っていて、電蓄で聞きます。詔勅もこの電蓄で聞くんですね。そして主人公は思い立ったら、東京まで長距離電話を掛けることができます。こうした事柄は、戦前・戦中という時代を考慮すると、破格に裕福であり、上流の階級であろうことを思わせ、主人公はいわゆる「ええとこの坊っちゃん」であろうということが、伺えます。
ハイカラといえばハイカラですが、いずれも「米国流」のハイカラばかりであることが見逃せません。ブラックバス自体がそうですし、フランク・シナトラは云うまでもないでしょう。こうしたものが一部の特権階級だけのものでなく、一般庶民まで知られたのはいつ頃だったでしょうか。例えばブラックバスのルアー釣りは、1970年代に日本中で大流行するまで、あまり知られていなかったのでは。そうか、この小説の発表時期が1981年ですから、読者の多くは了解できたのですね。テニスにしても、1950年代の後半に皇太子と美智子さまの交際で一躍脚光を浴びるまで、日常的にテニスに親しんでいた人はごく少数だったでありましょう。
そうした憧れの対象であるものと、他ならぬそれらを生み出した国と戦争をして敗れるという事実が、強烈な印象を与えます。
文体は三人称であり、簡潔な客観的行動描写で主人公の内面を表現する、「ハードボイルド小説」などではよくある形です。登場人物の感情が直接的な言葉で説明はされません、行動が全てなんですね。話は逸れますが、中学生だったみっちはダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーのこうしたスタイルの小説を読んで、当時衝撃を受けたのです。(笑)このスタイルが戦前(1930年代)であることを知って、さらに驚きました。それが1960年代のこと、えーっ、もうあれから60年も経ってるの、ガーンであります。
最初に触れた遡及的(レトロアクティブ)読み直しの一例を挙げましょう。釣り上げたブラックバスを、主人公が唐揚げに料理します。それをキリンが見ています。
『ひとの気配を感じてふりむくと、キリンが立って、彼の手の動きを見ていた。
そして、ちょっとぽつの悪そうな笑顔を見せると、
「料理もうまいんだね」
といった。』
何でもない文章のようですが、後半で明かされる主人公の手指の喪失を踏まえて遡及すれば、なぜキリンは彼の手の動きを見ていたのか、そしてなぜちょっとばつの悪い顔をしたのか、よく分かります。
主題について云えば、これは「反戦小説」ではないし、そもそも何かを声高に訴える小説ではないです。戦争が終わって、明るい光の射す気配はあるが、今はただ強い疲労感、数々の失われたものへの哀悼、それは焼けた東京の家かもしれないし、戦地へ赴いて消息不明の叔父かもしれない、自らの手指の喪失かもしれない、親しき人たちに取り巻かれ、そこそこ豊かな生活ではあるが、抜きがたい孤独に包まれている、それは同書中のこの文に象徴されます。
『今まで何かの見えない力でみんなの気持をつなげていた鎖のようなものが急に消えうせて、人々は彼のまわりから離れてはるか遠くへ行ってしまったように思えた。』
さて、ここまでが、みっち自身の「灰色の脳細胞」を使って、書いた「感想」なのです。
ここからいよいよ、本記事の本題に參ります。生成AI(ChatGPT)が同書を読んだら、一体全体どんな感想を述べるのか、ひょっとして、驚天動地の大論文を出してくるのか、あるいは全くハシにも棒にもかからぬ噴飯レビューを述べるのか、興味津々であります。
まず、前準備としまして、「ブラックバス」文春文庫版をスキャン・OCRして、テキスト文書にしました。今の時代、こんなことは何でもありません。そうすると8,000文字ほどのテキストになりました。これをChatGPTへ送ります、瞬時で答えが帰ってきます。当然なんですが、ちょいと驚きます。(笑)
まず結論から行きましょう、生成AIになんらヒントを与えることなく、ただ8,000文字の日本語テキストだけを与えて、その概要まとめと分析を行わせたのがこれです。そっくり引用しましょう。
『物語は、夜明けから湖畔でブラックバスを釣る十七歳の「彼」から始まる。
湖畔の小さな秘密の釣り場。そこはかつて祖父の友人たちが愛した場所で、「ティー・テーブル」と呼ばれていた。彼はその場所を受け継ぐ最後の一人であり、今ではそこで釣りをするのは彼だけである。
ブラックバスはアメリカから移入された外来魚であり、「顔つきに国境がある」と彼は思う。戦時下の日本という状況の中で、その“よそ者”の魚はどこか象徴的な存在として描かれる。
この日は 8月15日。
級友キリンが現れ、「降伏するらしい」と告げる。正午、ラジオで天皇の放送を聞き、戦争の終結を知る。
しかし彼は取り乱さない。
戦争は終わった。
だが彼にはもっと個人的な喪失がある。
海軍予備学生として出征し消息を絶った叔父(釣りを教えてくれた存在)
工場動員中の事故で失った右手の二本の指
焼けた東京の家
失われた青春の時間
叔父は彼の理想の存在だった。
釣りを教え、「銀のスプーン」「金のスプーン」と語った人。
戦地へ向かうときの「さてと……」という口癖。
その叔父の不在が、物語全体を静かに支配している。
戦争終結の日、彼はブラックバスを唐揚げにする。
なにかをしているほうが楽だからだ。
昼寝のあと、彼はかつて叔父がテニスをしていたコートへ向かう。
そこはすでに畑になっている。
そして彼は、自分の失った指を陽光のなかで見つめる。
テニスも、かつての青春も、もう戻らない。
夜、フランク・シナトラの
“I’ll Never Smile Again”
を聴きながら、とも子からの手紙を読む。
そして東京へ電話をかける。
物語はそこで終わる。
***** 作品の核心 *****
この作品は「敗戦の日」の物語でありながら、
国家の崩壊
青春の喪失
男性性の傷(指の欠損)
理想の大人(叔父)の消失
共同体の解体
を、叫ばずに、静かに描く作品です。
ブラックバスは、
外来種(戦争と同じく外から来たもの)
強靭で増える存在
どこか異様な顔つき
という多義的な象徴になっています。』
さぁてどうでしょう、期待したほど大したことはない?、あるいは、まぁシリコン頭にしてはよくやってる?、ただChatGPTのために少し弁護しておけば、これはまったくの「素の」アウトプットです。ここから、その内容について質問をしたり、意見を述べたりすれば、それらを取り入れて、ChatGPTの答えは変化していきます。ちょうど、Googleの検索が、使い手の(無意識の)好みにあわせてくるのに似ています。みっちの場合ですと、インタラクティブなやりとりを重ねますと、みっちの「灰色の脳細胞」アウトプットに近づいていきます。これはみっちが使っているのだから、当然ですね。
はい、今回の実験はこんなところでした。しかし、生成AIというものが、ここまで進歩してきているのには改めて驚きです。今回はたかが8,000字の日本語テキストでしたけど、ChatGPTからすると、これが例えば哲学のドイツ語原書100冊であっても、1000冊であっても同じなんですよ。即座に分析して、この程度の纏めはできるでしょう、むろんインタラクティブに比較・検討させるなどお手の物、その可能性を考えていくと、ちょっとみっちの頭では想像がつきません。世の大半の人が平静であるように見えるのが不思議でなりません。(笑)
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