「ベートーヴェンと蓄音機」ランティエ叢書（9）、五味康祐（著）、角川春樹事務所（刊）、1997年、を読みました、の巻。

五味康祐氏の音楽・オーディオ関連の著作はほとんど持っている、と思っていたのですが、このランティエ叢書なるものの一冊は気づいていませんでした。

本書に収録されている文の一覧です。ここで価値があるのは、文化出版局発行の雑誌「ミセス」に発表されたもの全9編のみです。他はここに上げられている各書からの孫引きですので、それらの本をすでに持っている者には、意味がありません。また付されている年は、各書の発行年であって、各書自体が雑誌発表のものを集めたものですから、実際の執筆年を意味しません。たとえば、「モーツァルト弦楽四重奏曲K590」は1980年となっていますが、これは「人間の死にざま」の発行年です。これなどは「芸術新潮」に掲載されたもので、その掲載年は1975-76年であると思います。

「ミセス」掲載文から、少し紹介しましょう。「ベートーヴェン作品111」と題された小品からです。

『

後期ソナタに私が眼を開かれたのは、終戦後、復員して廃墟さながらな家の焼け跡を見、家族はてっきり空襲で死んだものと思って、ルンペン同様の流浪生活をつづけていた時分、焼け残った家の二階窓から流れてくるレコードに、聴いたことのある曲だぞと耳を澄まし、それがベートーヴェンらしいとはすぐ分ったが、曲名は思い出せなかったら、窓から少女の顔が覗いた。私はいま鳴っているのは何の曲ですかと思い切ってたずねてみた。少女は、病人のように青白い顔で、お下げ髪の大きな眸でこちらを黙ってにらんで、すぐ奥に引っこんでしまった。レコードだけは鳴りつづけていた。私は電柱にもたれてなおも聴いていたら、上から白いものが落ちてきた。紙に消ゴムを丸めたものである。その紙に「ベートーヴェンの、第三十番ホ長調」と書いてあった。つまり一〇九である。

』pp.113より

このランティエ叢書でよいのは、付録の「五味康祐略年譜」で、今まで見たもののなかで、一番詳しい略年譜と思います。

あと、口絵にあったこの写真は、1970年頃とのこと、見覚えがあります。後方のラックに載るテープデッキはティアックA-6010、4トラック2チャンネルのデッキ、その右はマランツ10B、当時垂涎の的の最高級FMチューナーですね。タンノイ・オートグラフも見えます。

記事冒頭の画像は、「ベートーヴェンと蓄音機」ランティエ叢書です。しょうもない腰巻き（帯）が付いていたので、即刻処分しています。（笑）