ブレンデルはこう云います。
『ロ短調ソナタは、ベートーヴェンとシューベルトのソナタに次いで最も独創的で力強く知性に溢れたソナタであり、大規模な構成を完全に制御しきった規範ともいうべき作品である。リストの作品としては珍しく熟慮と白熱とが溶け合っている。そしてさらに驚くべきは、半時間におよぶ一楽章形式のソナタという、きわめてむずかしい形式を採りながら成功していることである。』アルフレート・ブレンデル「音楽のなかの言葉」pp.232-233
うーん、褒めちぎっています。そして「巡礼の年」についてはこう。
『リストの《巡礼の年》は、ロ短調ソナタにつぐ彼の最高傑作に思われる。最初の「第一年」「第二年」には、若々しい率直さ(中略)と、ワイマール時代の成熟した明晰さと抑制とが融合している。一方「第三年」は、断片的な謎めいた短さへと収縮していく前の、リスト後期のスタイルを豊かに例示している。』
ブレンデルに依れば、ロ短調ソナタにはベートーヴェンの作曲に対する発展的なアプローチが横溢している、一方で巡礼の年は、オーストリア・ドイツ系の作曲家たちよりも、ベルリオーズやフランス・イタリア系のオペラに近いものがある、とこうなんです。この評価は「第一年」「第二年」に対するもので、「第三年」は『宗教的な性格を持ち、自然を描写し文学や美術の作品を想い起こさせる第一年・第二年とは対照をなしている。』となります。
リストと云いますと、どうも日本ではあまり好感を持たれていないような感じを受けます。例えば、こんな具合です。
『私は、正直なところ、リストは、あんまりよく知らないのだ。…私は、彼の曲はよくわからない。…』吉田秀和「LP300選」
まぁ、散々ですな。(笑)ただ、英国のレコード店prestomusicのデーターベースで見ると、リストのCDは4,500枚くらい、ショパンやシューマンはそれぞれ5,000枚くらいですから、ほぼ同等の量ですね。それほど嫌われているわけでもなさそうです。
ここでまずはリストと云う作曲家の復習と行きましょう。
フランツ・リスト(1811-1886)の経歴で重要なポイントはこんなところ。
1835年マリー・ダグー伯爵夫人とスイスへ逃避行、約10年間の同棲生活(このとき生まれた子どもの1人がコジマ・ワーグナー夫人である)
1847年カロリーネ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン侯爵夫人と恋に落ち同棲を始める
1848年常任のヴァイマール宮廷楽長に就任
1861年ローマに移住、1865年には僧籍に入る
まぁ、ピアノの名人でいい男で、作曲家として成功して、上流階級の御婦人にもてまくりなんて男は、とかく人には(特に男からは)好かれないものであります。(笑)ベートーヴェンと比較してみてください。(爆)
はい、作品に関する情報は以下のようになります。
第1年S.160(1855年出版)(もとは1835-1836作曲、1942年出版の「旅人のアルバム」)
第2年S.161(1858年出版)(1838年より作曲開始、1839年にはほぼ完成か)
第2年補遺S.162(1861年出版)(初稿は1840年、現在の稿は1859年完成)
第3年S.163(1883年出版)(ほとんどは1877年に作曲)
ロ短調ピアノソナタS.178(1854年出版)シューマンへ献呈(この年シューマンは自殺未遂、精神病院へ)
分かりやすく云えば、巡礼の年「第一年」「第二年」は、リストがヴィルトゥオーゾ・ピアニストとして勢い盛んだった頃、マリー伯爵夫人との同棲中の青年期の作品、「ロ短調ピアノソナタ」は、リストがヴァイマールの宮廷楽長でもっとも音楽的に実り多かったころ、カロリーネ侯爵夫人と同棲中の壮年期の作品、そして巡礼の年「第三年」はローマ定住、宗教的生活に目覚めた晩年の作品、とこうなるわけです。
巡礼の年:第1年「スイス」S.160
1.ウィリアム・テルの礼拝堂
2.ワレンシュタートの湖にて
3.パストラール
4.泉のほとりで
5.嵐
6.オーベルマンの谷
7.牧歌(エグローグ)
8.望郷
9.ジュネーヴの鐘
巡礼の年:第2年「イタリア」S.161
1.婚礼
2.もの思いに沈む人
3.サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ
4.ペトラルカのソネット第47番
5.ペトラルカのソネット第104番
6.ペトラルカのソネット第123番
7.ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」
巡礼の年:第2年補遺S.162
1.ゴンドラの歌 Gondoliera
2.カンツォーネ Canzone
3.タランテラ Tarantella
巡礼の年:第3年S.163
1.「夕べの鐘、守護天使への祈り」"Angelus! Priere aux anges gardiens"
2.「エステ荘の糸杉に寄せて-葬送歌(第1)」"Aux cypres de la Villa d'Este - Threnodie I"
3.「エステ荘の糸杉に寄せて-葬送歌(第2)」 "Aux cypres de la Villa d'Este - Threnodie II"
4.「エステ荘の噴水」"Les jeux d'eaux a la Villa d'Este"
5.「物事に涙あり」"Sunt lacrymae rerum"
6.「葬送行進曲」"Marche funebre"
7.「心を高めよ」"Sursum corda!"
5.のタイトルSunt lacrymae rerumはラテン語で、「アエネーイス」第1巻462からの引用、忠実に訳せば、『物事に涙あり』です。lacrymaeは涙、女性名詞複数形主格、rerumは物事、複数形属格、suntはesse(to be)の三人称複数です。まぁ意訳すれば、「人生には涙あり」くらいかもしれません、演歌みたいですね。(笑)
これはトロイの英雄アエネーアースが、トロイ陥落後、カルタゴに着き、女王ディードーの歓待を受けるくだリなんですが、カルタゴの地にもすでにトロイの悲劇は伝わっており、その模様が彫刻に施されています。それを見たアエネーアースが嘆いて、この言葉を発するのです。「物事に涙あり、そして死すべき者の運命は心に響く。sunt lacrimae rerum et mentem mortalia tangunt.」
邦題としては、「哀れならずや」とかされるみたいなんですが、これでは全く意味不明、また「アエネーイス」は岩波文庫に泉井久之助訳がありますが、当該部分を読んでも、さっぱり原詩が思い浮かびません。まぁ詩的表現ということなんでしょう。(笑)
さぁて準備はよし、それではブレンデルのピアノでリストを聴いてみるのですが、だいぶ長くなったので、今回はこれまでということで。
記事冒頭の画像はブレンデルのリスト「ロ短調ソナタ」、ブレンデルのロ短調ソナタの録音はいくつかありますが、これは一番最後のもの、1991年10月8-11日、ノイマルクト・イン・デア・オーバープファルツにあるコンサートホール、ライトシュターデル Neumarkt in der Oberpfalz - Reitstadel での録音です。(Philips原盤)
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