まずはこのネコパパさんのブログ(とコメント欄)を参照していただいたほうが、話が早いです。(笑)
背景はこうです。1950年代半ばから60年代始めにかけて、米国のレコード会社RCAは、「Living Stereo」というトレードマークのステレオ録音LPレコードを出して、その音質の良さが評判でした。いや、本当によい音なんですよ、今聴いても。みっちもライナーのリヒアルト・シュトラウス録音を聴いて驚愕した覚えがあります。
過去記事これです。
フリッツ・ライナーって、かってはゼンパー・オーパー(ドレスデンの歌劇場)の出身、なんと「影のない女」のドイツ初演は彼が指揮しています。そんな人のシュトラウス録音を最近まで聴いたことがなかったのは、不覚でありました。(汗)
さて、話が逸れました。RCAは60年代始めに新たな技術「Dynagroove」を発表し、「Living Stereo」からの移行を始めます。これが実は大問題だったわけです。どうも、Dynagrooveの発表当時から批判あまただったらしいです。この辺の事情を簡単に述べているのは、英文Wikipediaの
Dynagrooveの項です。
まぁ、その内容は、お暇なときにでも参照いただくとしてですね、結局のところDynagrooveは散々な評判で、1970年ごろにはひっそりと終焉を迎えます。最近になって、Living Stereoの録音をSACDやCDで復刻という動きはありましたけれど、Dynagrooveの復刻なんて話はさっぱり聞かないのが、そのあたりの事情を如実にしめしております。
背景の説明はそれくらいで、いよいよ本題です。ネコパパさんの採り上げたフリッツ・ライナー指揮シカゴ響のベートーヴェン交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」は、日本JVCのCDですけど、原盤はもちろんRCAです。LPレコードの番号でいうと、LSC-2614です。このレコードの現物は見ておりませんが、オークションに上がっている商品の説明画像を見ると、コピーライトは(C)1963年であり、かつレコード・レーベルにはDynagrooveの文字があることが分かります。DynagrooveがRCAから正式にプレス発表されたのは、1963年2-3月ですし、同レコードのデータ・カード(ネコパパさんブログ参照)によれば、リリースは1963年10月ですから、ここまで矛盾はまったくありません。
ところがですね、記事冒頭の画像を見ていただけますか。これはまさにそのLPレコードのDecca盤なんです。あっ、この頃RCAとDeccaは提携していまして、いろいろな協力を行っていました。その一つとして、RCAからマスターテープの提供を受け、これを使ってDeccaでレコードを製盤していたのです。それでレコード番号は独自のものが付いています、「SB-6510(LSC-2614)」です。そして、なんとこのレコード、コピーライト表示はRCA盤の1年前の(C)1962なのです。
また、レコード・レーベルはこうなっています。「1962年初出」と書かれています。
Dynagrooveの文字はなく、Living Stereoとなっています。どうもですね、このDecca盤「田園」は1962年10月に、そのときはまだDynagrooveの発表前ですから、Living Stereoの仕様で発売されたのではないか、と思われるのです。つまり、このDecca盤は正規のRCA盤よりも音がええんじゃなかろうか、というわけです。(笑)(あるいはDynagroove仕様だが、まだ発表前なので隠れDynagrooveとして出した可能性も、まぁありますけどね)
はい、今回の細かな詮索はここまでです。Living Stereo盤ではないか、と疑われるライナー「田園」が見つかったところで、おしまいです。まったく、マニアってのは、こんなことを詮索して喜んでいるんだなぁと呆れて、放って置いていただければさいわいであります。(笑)
おまけ:
Dynagrooveを構成する特徴は2つで、その1つはダイナミック・イコライザーです。Living Stereoはダイナミック・レンジが広く、その広いレンジをLPレコードに収めるため、全体のレベルは低めにされていました。このため小さな音量の部分がサーフェス・ノイズに埋もれる、といった苦情が来ていたのです。Dynagrooveでは、ダイナミックレンジを「一般家庭での再生に適する」ように抑え、かつ小音量では、低域(と場合によっては高域も)をブーストしました。これは例のフレッチャー・マンソン曲線(人間の耳の特性-小音量になると低音の感度が落ちる)に合わせたものです。そういえば、70年代のステレオでは、入門用のプリメインアンプであっても、必ずLOUDNESSと書かれた低音ブーストスイッチがありました。このころよく聞いた本の名前は、ハリー・オルソンの「音響工学」です。そのオルソン博士が実はRCAのチーフ・エンジニアであって、Dynagrooveを推進していた張本人というのは、今回初めて知りました。(汗)
あと、Dynagrooveの名前のあとの方groove(溝)が、もう1つの特徴です。これはレコード製作時のラッカー盤を刻む針は楕円針、しかし一般家庭のレコードプレーヤーに付いている針は丸針であるということから、その違いによって生じる(主として高域の)歪を補正しよう、というものです。そのやり方は、発生するであろう歪を予測して、あらかじめ元の音の溝を歪ませておき(!)、その効果を打ち消そうというものです。特にレコードの内周部分でこの現象は顕著だから、そこは多めにやるんでしょうねぇ。それにしても、理屈はともあれ、実際の現場ではとてもうまく行きそうもない感じです。その後、一般家庭のプレーヤーでも楕円針が珍しくなくなったので、そもそもの前提が揺らぐということになってしまいました。