グンドゥラ・ヤノヴィッツGundula Janowitz(1937-)という人、云うまでもなく赫々たる名声に包まれ、1960年代70年代のドイツ・オーストリア音楽シーンに輝いた星、しかしそういえば、彼女のワーグナー・オペラってのは、あんまり印象がないなぁと思ったのです。まぁ、彼女はリリック・ソプラノですから、ワーグナーの「重い」オペラのタイトルロールを歌うのはちょっと無理があるのですが、でも「若い」ワーグナー・ソプラノ役ならオーケーのはず、さてと、彼女はどんなワーグナーを歌ってたっけ、と思い出してみます。
まず、カラヤンの「ニーベルングの指環」DGGでは、ジークリンデ役とグートルーネ役ですな。やはり、ジークリンデ役はヤノヴィッツには少し合わない感じがいたしますし、あとグートルーネ役は、もともと、そんなに見せ場(聴かせどころ)があるわけでもないです。
あとなんだろう、クーベリックの「ローエングリン」ではエルザ役を歌ってますねぇ。しかし、このクーベリック盤は、みっちはあまり採らないのです。そのことは、
過去記事にも書きました。
クーベリックではCALIGレーベルから出た「マイスタージンガー」があって、ヤノヴィッツはエヴァ役を歌っています。ああっ、しかし、このクーベリック盤もいまいちなんです。これも
過去記事があります。
ほかは、クナッパーツブッシュの「パルジファル」で花の乙女役を歌ってるのとかは、ありますけどね(笑)、これまでか、と思ったところで、そういえば彼女がエリザベート役を歌った盤をどこかで見たな、と思い出し調べてみました、これです。
ワーグナー:歌劇『タンホイザー』全曲
タンホイザー:ルネ・コロRene Kollo
エリーザベト:グンドゥラ・ヤノヴィッツGundula Janowitz
ヴォルフラム:ヴォルフガング・ブレンデルWolfgang Brendel
ヴェーヌス:ミニョン・ダンMignon Dunn
領主ヘルマン:マンフレート・シェンクManfred Schenk
ワルター:カール・エルンスト・メルカーKarl-Ernst Mercker
ハインリヒ:マルティン・フィンケMartin Finke
ビーテロルフ:ジェフ・ヴェルメーシュJef Vermeesch
ラインマル:マリオ・シアッピMario Chiappi
牧童:エルケ・シャーリーElke Schary
合唱:プラハ・フィルハーモニー合唱団Prague Philharmonic Chorus、ローマRAI合唱団Rome Philharmonic Academic Chorus
管弦楽:ローマRAI交響楽団Italian Radio Symphony Orchestra Rome
指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュWolfgang Sawallisch
収録:1972年10月1日(モノラル)
場所:Perugia, Italy [Live] Opera D'oro OPD-1289
そーか、サヴァリッシュのRAI、1972年かぁ。あいにく手元にない、さっそく注文して聴いてみることに。さいわい、ディスクユニオン吉祥寺で安価なデッドストック品が見つかりました。注文して翌日に到着、即試聴します。(嬉)
録音はモノラルということなんですけど、音像はすこし膨らんでいます。Vector Audio Scopeで見た図形はこんな感じです。モノラルは垂直の直線図形になるはずなんですけどね。
音質はそれほどいい音ではありません。でもまぁ、鑑賞には差し支えないですので、我慢いたしましょう。
さて、ヤノヴィッツのエリザベート役、やっぱりいいですね。聴かせます。
特に第3幕のここ、絶品です。
『
Allmächt'ge Jungfrau, hör mein Flehen!
Zu dir, Gepriesne, rufe ich!
Lass mich im Staub vor dir vergehen,
o, nimm von dieser Erde mich!
Mach, dass ich rein und engelgleich
eingehe in dein selig Reich!
全能なる乙女よ、わが懇願を聞き入れ給え!
偉大なるあなたに、わたしは訴えます!
わたしをあなたの前で塵に戻してください、
おおっ、わたしをこの地上から連れ去ってください!
わたしを純粋で天使のようにして
あなたの祝福された王国へ入れてください!
』
ルネ・コロのタンホイザー役、これまた絶品です。みっちはそもそもヴィントガッセンあたりより、コロの甘い歌声の方が好みです。まぁ何と云っても、生で何度も聴いておりますしね。みっちがワーグナーにのめり込む主因となった方であります。
サヴァリッシュの指揮ぶりにも、これといって不満はないのですが、一つ惜しいのは第2幕のラスト近く、領主から追放を言い渡されたタンホイザーに、エリザベートが歌うここ、これが省略されているんです。(泣)
"Lass hin zu dir ihn wallen,
du Gott der Gnad und Huld!
Ihm, der so tief gefallen,
vergib der Sünden Schuld!
Für ihn nur will ich flehen,
mein Leben sei Gebet!
Lass ihn dein Leuchten sehen,
eh' er in Nacht vergeht!"
『彼をお導き下さい、
恩寵と慈悲の神よ!
彼はかくも堕落しましたが、
その罪をお許し下さい!
彼のために、私は嘆願し、
祈りの人生を歩みます!
彼に、あなたの栄光をお見せ下さい、
彼が闇の中に消える前に!』
ここは聴かせどころなんだけどなぁ。サヴァリッシュさん、ここの省略は駄目ですよ。1961年のバイロイト(エリザベート役はビクトリア・デ・ロス・アンヘレス)でも、1962年のバイロイト(エリザベート役はアニャ・シリヤ)でも、ちゃんとここは歌わせていたじゃないですかぁ。ここがないと、ルネ・コロがふてくされて、改心しないかも。(笑)
ところで、このサヴァリッシュ盤を聴いて、収穫が他にもありました。ヴェーヌス役を歌ったミニョン・ダンという人、みっちは初めて聴く、アメリカのテネシー生まれのメゾ・ソプラノのようですが、そういう先入観を捨てて聴けば、ヴェーヌス役としてよい出来映えであると思います。
だいたいヴェーヌス役って、「パルジファル」のクンドリー役と共通点があります。クンドリーはキリストによって呪いをかけられ、いかなる男をも誘惑できる魔性の力が備わるが、それによって彼女は真の悦びを得ることはなく、永遠に救済を得られないのです。ヴェーヌスは、もともとギリシャ神話におけるアフォロディーテ、愛と美の女神のはずですが、ここキリスト教の支配する世界では、肉欲と官能の愛を象徴する悪魔的存在となっています。タンホイザーが第1幕終盤でヴェーヌスに別れを告げたときの、ヴェーヌスの怒りと、パルジファルが第2幕ラスト近くでクンドリーを突き放したときの、クンドリーの怒りには、よく似た点があります。どちらも、男にはとても怖いです。ワーグナーはこういうところ、さすがに良くわかっています。(笑)
みっちは、ヴァルトラウト・マイアーさんのヴェーヌス役、クンドリー役が好みです。彼女の「悪女・妖婦」然とした歌唱がたまりません。(笑)メータが振った、1994年のバイエルン国立歌劇場ライブ「タンホイザー」ですね。あれ、エリザベート役がそれなりの人だったら、決定盤だったんですけどねぇ。(エリザベート役が誰だったかは、伏せておきます-笑)2005年のバイエルン来日公演「タンホイザー」でも、マイヤーさんのヴェーヌス役はサイコーでした。エリザベート役はぁ、...(汗)
一部では名盤と云われているらしい、ショルティのDecca盤「タンホイザー」では、エリーザベト役のヘルガ・デルネシュははまり役で、素晴らしいと思いますが、ヴェーヌス役のクリスタ・ルートヴィヒがねぇ。(汗)クリスタは優れたメゾ・ソプラノで、立派な女性だと思いますけど、悪女・妖婦的要素だけは薬にしたくもありません。フィッシャー=ディースカウのドン・ジョヴァンニ役と同じだなぁ、あれだと女を誘惑したあと、屋敷に帰って哲学書でも読んでいそうだし、クリスタのヴェーヌス役は、男を誘惑したあと、ニンフやサチュロスたちに抜かりなく家事の采配なんかを指図していそうです。
そうそう、「タンホイザー」というお芝居、舞台上でヴェーヌス役とエリザベート役が一緒に歌うシーンはないので、1人の歌手でこの2役を歌っちゃったという盤もありましたね。まぁ、ヴェーヌス役を歌う都合上、ドラマティック・ソプラノに限られますけど。たとえば、オットー・ゲルデスのDGG盤では、ビルギット・ニルソンが2役をこなしています。この盤は、LPレコードでは持っていた(今でも物置にあるはず)のですが、いまいちなので、CDは買い直していません。ヴォルフラム役がフィッシャー=ディースカウなのも、「あかん」理由の一つです。あと、もう一つ、1978年バイロイトの録音で、ギネス・ジョーンズが2役を演じた盤があります。これはレーザーディスクを買いました、これも、いまいちなので、その後DVD等での買い直しはしていません。ジョーンズさんは、シースルーの大胆な衣装で頑張っておられるのですが、いかんせん彼女のヴェーヌス役は、本人もなんか居心地が悪いと思います。なにしろ、彼女には悪女ないし妖婦的ケレン味は皆無と思われるのです。(笑)
なお、記事冒頭の画像は、このOpera D'oro盤のジャケットなんですが、この絵は見たことがあります。これは、「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」(15世紀)という有名な装飾写本のカレンダー、その9月ですね。
ウィキペディアに項目がありますので、興味のある方はご覧になってください。ウィキから借りてきた画像を貼っておきましょう。