はい、Semperさんに薦められたドキュメンタリーDVDカラヤン「セカンドライフ」をやっと見ました。イギリスに発注したので、届くのに時間が掛かったのです。
日本のオーディオ・音楽マニアの方は、とかくカラヤンを毛嫌いされる向きが多いように思いますが、みっちはそんなことは特になくて、是々非々という対応であります。いくつか愛聴盤がありますし、割と聴いている方かもしれません。ただ偶像視はしておりません。(笑)
さて、このDVDですが、Semperさんが言われているとおり、日本語字幕には少々問題があります。音声そのものは主としてドイツ語です。一部英語圏の人が語るときは英語になります。ドイツ語音声が聞き取れない場合は、より正確に訳されている英語字幕を参照した方がよいでしょう。
まず24分ほどのところで、「ワルキューレ」録音時の話が出てきます。
言うまでもないですが、これは1966年8月25日~12月30日にベルリン・イエス・キリスト教会で録音されたドイツ・グラマフォン盤です。
当時のプロデューサーが語ります。日本語字幕はこうです。
「2階にヴァルキューレ役の歌手を分散して配置して素晴らしい効果が得られた」
英語字幕を見るとこうなっています。
「ワルキューレの乙女達をオルガンのロフトに上げて、本当に素晴らしいサウンドが得られました。そのうちの何人かはコーナーに置いたのです、他は中央ですが。」
そうですよね、教会で2階は変だ。オルガンのロフトに上げたんですよ。第一、画像の方はここでオルガンがアップになってるんですもん。(笑)
実際にこの部分の音をみっちのステレオで聴いてみましょう。
はい、ワルキューレの乙女達がこれぞステレオと言わんばかりに広がって録音されています。ワルキューレは8人いるのですが、明瞭に定位するので、それぞれの配置が紙に書けそうです。(笑)
そして、ブリュンヒルデ役が入ってきて(レジーヌ・クレスパンなんです-この配役は頂けませんが)ぴたり中央に定位します。続いてジークリンデ役(グンドゥラ・ヤノヴィッツです-美しい歌声ですがワーグナー・ソプラノとしては違和感ありです)がその右隣に定位いたします。
確かにこの箇所は良く録れていると思います。ただ、総合的には、このカラヤンの「ニーベルングの指輪」は歌手陣の選択が大疑問で、どうにも推せません。DVDの後の方で、「ジークフリート」のヴォータン役トーマス・スチュアートが出てきますけれど、これまたみっちにはヴォータンの雰囲気が感じられません。それにブリュンヒルデ役のヘルガ・デルネッシュがぁ...と脱線するので、これ位にしましょう。(爆)
40分15秒ほどのところで、カラヤンとギュンター・ヘルマンスの電話での会話を記録したものが流れます。
はい、ギュンター・ヘルマンスGünter Hermannsは、ドイツ・グラマフォンの録音技師(トーン・マイスターTonmeister、英語ならBalance Engineer)で、1959年から1989年のカラヤン最後の録音まで担当し、大変有名ですが、その割りには情報が少ない人です。
生年も明らかでない。(調べきれませんでした)もう亡くなっているのでしょうか。このDVDでもカラヤンとの電話の会話録音が出てくるだけです。DVDの付属ブックレットにはSpecial thanksとして、Elisabeth Hermannsという方の名前が挙がっています。奥さんでしょうか?ここから電話録音が提供されたんですかね。
まあ、それはそれとして、ここでの電話会話の日本語字幕はこうです。
カラヤン「バランスで納得がいかないところが数箇所あるんだが」
ヘルマンス「はい」
カラヤン「ア・カペラ合唱のところのオーボエ・ソロが大きすぎる
大したことではないが雰囲気が変わる
いじらないでほしい」
ヘルマンス「分かりました」
ここでカラヤンの最後の言葉、「いじらないでほしい」がよく分かりませんねぇ。
どういう意味かしらん?
原語はこうです。
「Da ist nämlich zum Beispiel, wo dieser A-cappella-Chor ist mit der Oboe, da ist die Oboe viel zu stark.
Es ist im Grunde genommen nicht wesentlich, aber das verändert doch das Klangbild sehr.
Ich wollte Ihnen nur sagen, dass nur nichts daran gemacht wird.」
みっち訳
「たとえば、ア・カペラのコーラスとオーボエが一緒のところだけれど、
オーボエが強すぎるんだ。
実際、肝心なところではないが、サウンドのイメージを大きく変えてしまうんだよ。
私が言いたかったのは、何も変えないようにしてくれということなんだ。」
オーボエが突出して、サウンドイメージ(Klangbild)を変えているから、それを変えないようにしてくれ(要はオーボエのレベルを下げる)ということのようです。
ここはちょっと分かりにくい言い回しだなぁ。
続いて、40分55秒くらいのところ。
EMIのバランス・エンジニア、ヴォルフガング・ギューリッヒが、自らの録音手法をドイツ・グラマフォンのギュンター・ヘルマンスと比較する部分です。
日本語字幕はこうなっています。
「
ヘルマンスはマイクを私の2倍近く使っていた。
フルート クラリネット ファゴットそれぞれに1本ずつ
私は無指向性マイクで遠くから音を拾うが
彼は単一指向マイクでぐっと近づいて音を録る
私はこれまで一貫して360度全方向から音を録ってきた
意識したのは「丸い」音の空間です
ヘルマンスは正面に感度を集中させて
背面の音をフェードアウトする
だが音をミキシングして面に収めたときに
無指向性マイクだと奥行きのあるサウンドが得られる
良し悪しではなくて「響きが違う」のだ
カラヤンはどちらも気に入っていたはず
ドイツ・グラモフォンのヘルマンスの録音にも
全く異なるEMIの私の録音にも
最終的なOKを出したのだから
」
これがみっち訳です。
「
ヘルマンスは私の2倍ほどマイクを使っていたと思いますよ。
フルートとオーボエに一つずつ、それにクラリネットとファゴットにもです
その違いの説明はこうです
私は無指向性マイクomnidirectionalを離して設置した
一方、彼は単一指向性マイクcardioidを近づけて使ったのです
私の生涯の仕事の全てにおいて、私は(指向性の)丸い無指向性マイクを選びました
なぜならその指向性は球面で、あらゆる方向からの音を拾うのです
一方単一指向性マイクは前方の音を拾い、後ろは消えていくのです
単一指向性マイクですと、最終的な音の絵は平らな面になります
もし(指向性の)丸いマイクを使うと、深さが得られるのです
3次元のサウンドです、言ってみれば
どちらのやり方も良いのです、ただ、サウンドは異なります
カラヤンはどちらの録音手法も良いと思っていたのでしょう
ドイツ・グラマフォンではギュンター・ヘルマンスが録音をし
カラヤンはそれを認めました
EMIでは、私が任に当たり、私の録音は完全に異なるものでした
しかし、彼はそれを同様に認めたのです
」
どうでしょう、かなり違いますね。
特に問題なのは、無指向性マイクと単一指向性マイクの(技術的な)違いを説明しているときに、それをヘルマンスとギューリッヒの録音手法と取り違えていることですね。
ギューリッヒは身振り手振りでこの図を説明しているに過ぎないのです。単一指向性マイクの指向特性はハート型になります。それでcardioid(心臓型の)なんですよね。
ところで、このEMIとDGG(ドイツ・グラマフォン)の違いというか、ヴォルフガング・ギューリッヒとギュンター・ヘルマンスの違いは、一体いつ頃の録音の話なんですかね。
ご存じのとおり、ギュンター・ヘルマンスの録音スタイルも60年代、70年代、80年代で変化しています。カラヤンのベートーヴェンの交響曲全集はちょうどこの3つの時期にそれぞれあるので、違いが明確です。厚い響きから、精緻な録音へ変わっていく様子がはっきり掴めます。
カラヤンのディスコグラフィーを見ると、EMIとDGGの両方に積極的に録音をしていたのは、1970年代のようなので、この頃の話のようですね。
DVDの52分くらいのところで、リスト「タッソー」のレコードが賞をもらったということで、調整室内の全員が大笑いするシーンがあるのですが、この「タッソー」は1975年10月11月BPOとの録音DGG盤のことでしょう。
やはり、この頃の録音スタイルを念頭に置いての話だと思われます。
はい、今日はSemperさんのおかげで、面白いDVDが愉しめました。
今回も、ご教示ありがとうざいました。