ヴァルトラウト・マイアーWaltraud Meierさんが好き |
みっち的には、初めて彼女を知ったのは、日本公演でマーラーの一千人の交響曲を聴いた時だった。真っ赤なドレスでアルト・パートを歌っていた姿が強烈な印象。
ローエングリンのオルトルート、パルジファルのクンドリー、あるいは指輪のジークリンデ、どれをとっても素晴らしいのだが、今日は『トリスタンとイゾルデ』の話。
今書棚を見ると、彼女の『トリスタンとイゾルデ』のDVDは3本持っている。1995年のバイロイト(指揮はバレンボイム)、1998年のミュンヘン(指揮はメータ)、そして2007年のスカラ座(指揮バレンボイム)である。中でも気に入ってるのはミュンヘンかな。スカラ座はパトリス・シェローの演出で、とても魅力的なのだが、ミュンヘンの方がやっぱり若さがある。(汗)
さて、そのミュンヘンでまずは第1幕。ここでみっちのお気に入りは、第5場トリスタンとイゾルデが船上で初めて会うシーンである。
有名な話なので説明不要と思うが、一応ストーリーのおさらいを。
トリスタンはイングランド(コーンウォール)の貴族、イゾルデは敵対するアイルランドの姫君である。
コーンウォールはもともとアイルランドに年貢を上納する立場だったが、戦いに勝ったので、立場は逆転した。イゾルデは、コーンウォールの王マルケの妻となるよう求められ、トリスタンが船で迎えに来たのだ。
ところで、トリスタンとイゾルデはこれが初対面ではない。
かって、トリスタンは戦いでイゾルデの許嫁とまみえて、倒している。
だが、その戦いでトリスタンも深く傷ついた。
それを癒す薬と秘術を知るものは、イゾルデだけである。イゾルデは母親からその秘法を学んでいる。
トリスタンは偽名を使って、イゾルデを訪れる。
イゾルデは、すぐにこの男が自分の許嫁の仇だと知るが、弱った男を憐れんで、治療を施す。
はっきりとは示されていないが、この時トリスタンとイゾルデの間には、何か暖かいものが通ったはずである。お互いに愛情を抱いたと言い切ってもいいかもしれない。
だが傷が癒え、別れが来る。
トリスタンはコーンウォールとアイルランドの将来のために、イゾルデを伯父であるマルケ王の嫁にすることに賛成する。自らの密かな愛情は押し殺しているのだ。
イゾルデはトリスタンの態度に憤激し、トリスタンに毒薬の入った盃を勧め、自分もそれを飲んで死のうと決心するのだった。
そこで、第5場である。
イゾルデ "Herr Tristan trete nah!" 『トリスタン公よ、こちらへ!』
イゾルデはトリスタンを近くに招く。
ミュンヘンのPeter Konwitschny演出では、トリスタン公はなんと顔の半面に髭剃りの石鹸が残っている。イゾルデの突然のお召しに取るものもとりあえず、まかり出たという格好。(笑)
そしてイゾルデとトリスタンがまみえる。イゾルデは、怒りに燃えた表情で出迎えるが、トリスタンの顔を一度見るや、内心の動揺が現れてふと目を落とす。
ここのところが、何度見てもいいですねぇ。マイヤーさん歌だけじゃなく、演技も見事です。
さあ、それでイゾルデは許嫁の仇を自分がとると言い出し、明らかに毒杯と思われる盃をトリスタンに勧める。トリスタンは躊躇わずその盃から酒を飲むが、イゾルデが半分は私のものと叫んで、盃を奪い残りを飲み干す。
実は、毒薬を処方せよと言われたイゾルデの侍女ブランゲーネは、それができず、代わりに愛の妙薬(Love portion-惚れ薬)を処方していた。よってこれを飲んだトリスタンとイゾルデは、お互いの隠された愛情の軛が外されて、...とこうなっていくのですねぇ。
そして船は港に着く。
コーンウォール万歳の大合唱の中、ああっ、かくて大興奮の第1幕は終了。(笑)
Wagner: Tristan und Isolde
Arthaus Musik - 100056
Jon Fredric West (トリスタン)
Waltraud Meier (イゾルデ)
Kurt Moll (マルケ王)
Marjana Lipovcek (ブランゲーネ)
Bernd Weikl (クルヴェナール)
管弦楽:Bayerisches Staatsorchester
指揮:Zubin Mehta
演出:Peter Konwitschny
録画:1998年
録画場所:Bayerische Staatsoper Munich バイエルン国立歌劇場(Staatsoperだから州立なんだけど、日本では普通こう訳すらしい)
録画時間: 2 DVD / 241 min
写真はミュンヘンのDVDから。まさに第1幕第5場の場面です。
トリスタンの顔の石鹸にご注目。(笑)
はい、この時が来ることは、じゅうぶんに予想しておりましたから、意外ではないですが、冷たい風に吹き晒されるような寂寥感を感じます。
けっきょく、マイヤーさんのワーグナー・オペラで、みっちが実演で見たのはヴェーヌス役(2005年)とオルトルート役(2011年)、ジークリンデ役(2015年)だけですね。これらはいずれも素晴らしい経験であったけれども、できれば1990年代に彼女のクンドリー役を、あとイゾルデ役を見たかったです。だが、しょせんは時間軸・空間軸が合わなかった、みっち的音楽志向の形成は極めて緩慢で、こうなるしかなかったと思うし、彼女の歌手キャリアと噛み合わないところがあったのはやむを得ないことでした。大江健三郎とは違う意味で、みっちは「遅れてきた」のです。
でも、いくらかでもマイヤーさんの歌唱を経験できたことは、幸せだったです。この感激は、きっと命尽きるまで(あるいは認知症になるまで-笑)持ち続けることでしょう。