えーっ、先週末は日比谷公園でのテニスあり、新国立劇場でのワーグナーありで、いろいろ大変だったのですが、それ以外にも大変なことが。(笑)
なんと「ピーターパンとウェンディ」の翻訳に関わる問題です。(爆)
これはお友達のyomodaliteさんのブログ記事に触発されて、始まったものですので、
こちらも参照ください。
まずは「Peter and Wendy」の第14章The Pirate Shipの冒頭部分の原文です。
これをどう訳すか、というのが問題なのです。(笑)
『One green light squinting over Kidd’s Creek, which is near the mouth of the pirate river, marked where the brig, the JOLLY ROGER, lay, low in the water; a rakish-looking [speedy-looking] craft foul to the hull, every beam in her detestable, like ground strewn with mangled feathers.』
芹生一訳
『海賊川の河口に近いキッド水路には、緑色の光がまたたいていた。海賊船ジョリー・ロジャー号が吃水深く停泊しているしるしだ。この船はいかにも海賊船らしく、船体は貝殻でおおわれ、泥を塗りたくった上にむしった羽をぶちまけたみたいに、いやらしくよごれている。』
大久保寛訳
『海賊川の河口の近くに、有名な海賊キャプテン・キッドにちなんで名付けられた“キッドの入江”があります。この入江にまたたく緑の光こそが、二本マストの帆船、ジョリー・ロジャー号が船体を水中深く沈めて停泊中の場所を示していました。いかにも速そうな船ですが、隅から隅まで汚れていて、甲板を支える横材は一本残らず、むしられた鳥の羽が散らばった地面のように、ぞっとするありさまでした。』
kuma訳
『海賊川の河口の近く、キッドの入り江に緑の光がまたたいています。二本マストの海賊船、ジョリー・ロジャー号が、吃水深く停泊しているのです。スピードの出そうな船ですが、船底にフジツボがくっつき、海草が絡みついていて、なんともひどい有様。まるで、むしった羽をまき散らした地面みたいです。』
みっち訳(改良案)
『グリーンの明かりがキッドの入り江に差し込んでいる、ここは海賊川の河口近く、停泊しているブリグ型帆船ジョリー・ロジャー号を示すものだ。喫水は深く、駿足の(足の速そうな)船である、船体は汚れ、船の全幅にわたって嘆かわしい状態で、まるでむしった羽根が散らばった地面のようである。』
単語の意味
squinting:squintは「目を細めて見る」という意味なんですが、主語が明かりlightなので、「差し込んでいる」としました。これはジョリー・ロジャー号が緑色に照らされているということなんでしょうか。そうなると普通の明かりではなく、ネヴァーランドの魔力による照明なのかなと思います。
brig:2本マスト型の帆船のようです。2本マストをすべてブリッグ型と呼ぶわけでもなさそうなので、ブリッグ型とそのまま書きました。
low in the water:これは船が水に沈んでいる、喫水が深い、ということです。理由は積み荷が重いのか、あるいは浸水でもしているからなのか、それは定かでないです。
rakish-looking:海賊船はマストが後傾していたのが多かったんだそうで、それが速そうという印象に結びついているようです。
foul to the hull:foulは「汚れている、不潔な」、hullは「船体」「船殻」です。海洋用語では、foulを「(船体が)貝殻・海藻などの付着物でよごれた」という意味でも使います。Wikipediaですと、Biofoulingの項を見れば、詳しく載っています。
ですが、ここでは「船体全体が汚れている」という意味にとって、「船底が貝殻・海藻などで汚れている」という意味にはしませんでした。理由はあとでまとめて述べます。
every beam:beamは、船の「梁」あるいは「船幅」です。ここでは「船の全幅にわたって」という意味に取りました。(これはkumaさん解釈の頂きです-笑)これも理由は後述します。
in her detestable:detestableは「ひどく嫌う、大嫌いな」です。herは船自身を指します。
mangled feathers:mangleは「切り刻む、つぶす、ひねる」てなところですが、何せ相手が羽根なので、これは「鳥からむしり取られた羽根」ということでしょうねぇ。なお、生きた鳥の羽根を強引にむしり取れば、鳥の体は血だらけになると思いますが、取った羽根自体には血は付かないので、これを「船体が血塗れ」の意味に取るのは無理だと思います。
各訳の比較
何と云っても、『foul to the hull, every beam in her detestable, like ground strewn with mangled feathers.』の部分をどう訳すかが問題です。各訳を比較してみましょう。
芹生一訳では、foulを「貝殻・海藻などの付着物でよごれた」という意味に取り、every beamは特に訳出せず、like ground以下の文は、船体全体にかかるという解釈のようです。
every beamをすっぽかしちゃったのが、どうも気になります。
大久保寛訳では、every beamを「甲板を支える横材すべて」と取っているようで、しかもそれに、like ground以下の文がかかるという解釈のようです。これはいかにも変というか、船の内部構造である梁(横材)がなぜ鳥の羽根の散らばる地面のようになるのか、理解できません。
kumaさん訳は、興味深いです。
ここでは、foulを「貝殻・海藻などの付着物でよごれた」という意味に取り、しかもそのあとの文章全てを、船底の描写であるとしています。every beamを「船の横幅の全てにおいて」と取るのは独創的ですねぇ。たしかに、これで文法的な問題はクリアできると思います。ですが、みっちはこの解釈に完全には同意できません。(笑)
それは、「物語の流れ」から考えてのことです。
この文は第14章「海賊船」の冒頭部分なんです。海賊船ジョリー・ロジャー号が初めて紹介されるシーンです。緑の明かりで照らされた海賊船は、2本のマストが後傾した足の速い船で、喫水深く停泊しています。それで次の文章から海賊船の様子が説明されるのですが、ここでいきなり船の水面下に潜っている部分、船底の海洋物付着具合について、延々と説明して、船の浮かんでいる上の部分の説明は一切ない、というのは変である、と思います。
こういう点を踏まえて、みっち訳(改良案)となっております。
ポイントはfoulを「貝殻・海藻などの付着物でよごれた」という狭い意味にとらず、船体全体が汚れている、とした点です。hull船体の定義は、マストや帆を除いた船体部分全部でしょうから、甲板も舷側も、もちろん船底も、すべて含まれます。
船底にはあまり囚われずに、船全体が汚れているんだ、と取るわけです。そこでevery beamを「船の横幅の全てにおいて」と取る解釈が活きてきます。「鳥の羽根の散らばる地面のよう」というのは、やはり甲板上の情景の描写とした方が、素直だと思います。
記事冒頭の画像は典型的な木造船の断面図です。Wikipediaのhullの項から頂きました。
ちょっとジョリー・ロジャー号より立派な船かもしれません。この断面で水平方向の梁はすべてbeamです。甲板を支えるbeamは一番上です。
海賊船になくてはならぬ大砲は重いので、これもbeamが必要です。この船の場合は大砲が上下2段になってます。