記事末尾に、追記があります。
先日、久しぶりに友達と会って食事をしたら、ベン・アーロノヴィッチの『地下迷宮の魔術師』 (ハヤカワ文庫FT)金子 司 (翻訳)を見せられた。
Ben AaronovitchのRivers of Londonシリーズである。そういえば、このシリーズはチェックしたことはあるが、なんやかやで読まなかったのである。
地下迷宮...は3作目で、日本語翻訳のペース、珍しく速いですね。
第1作:女王陛下の魔術師(Rivers of London アメリカでの題名は Midnight Riot, 2011年)
第2作:顔のない魔術師(Moon Over Soho , 2011年)
第3作:地下迷宮の魔術師(Whispers Under Ground , 2012年)
第4作:空中庭園の魔術師(Broken Homes , 2013年)
第5作:Foxglove Summer, 2014年9月25日発売予定
で、みっちも負けずに(笑)、第1作『Rivers of London』を読み始めました。
みっちのは原書(Kindle版)ですが、アマゾンの読者レビューを見ると、『翻訳が良くない』、という声が多いですね。
その辺りも一応確かめようと、みっちは日本語訳も手に入れました。(図書館から借りたのですが-汗)
はい、それで半分くらいまで読んだところで、これを書いているのですが、翻訳は言われるほどひどくはない、と思いました。確かにちょっと直訳調ですけど、これはこれで、結構いいんではないでしょうか。原書は英国風ユーモアと皮肉がたっぷりですので、これをうまく訳すのは、誰にとっても容易ではないです。
ああ、それとアマゾンの読者レビューにあった、『「くそったれ」という言葉が多すぎる』(笑)、という件ですが、これがfuckのことであるなら、fuckとそのバリエーションは、この本全体で54箇所出てきます。これが多いのか少ないのか、みっちにはよく分かりませんが、まあ、少なくはないと思います。ですから「くそったれ」が多いのは、翻訳のせいではありません。(笑)
それで話は以上なんですが、日本語翻訳と原書を同時に読むのも久しぶりなので、せっかくですから、翻訳について気になる点を少々紹介しましょう。細かな話ばかりです。(始めの数章ですから、ネタバレの恐れはあまりないと思います)
第1章
その1:
幽霊のニコラスが被害者の身なりを説明する箇所。
「最初の紳士が、というのは殺された人のことですがね、ジェイムズ・ストリートからやってくるのを見ました。上等な身なりの、軍人ふうに気どった歩き方をした人で、現代ふうに華やかに着飾ってました。わが肉体のありし盛期なら、あんなふうにふるまえたでしょうがね」
'I saw the first gent, him that was murdered, walking down from James Street. Fine, high-stepping man with a military bearing, very gaily dressed in the modern fashion. What I would have considered a prime plant in my corporeal days.'
ここで、「a prime plant」ってのは、『絶好のカモ』って意味ですねぇ。幽霊のニコラスは、100年前のスリ・こそ泥のたぐいですから。(笑)
最後の文は、正しくは、『私に肉体があったころなら、絶好のカモだと思ったことでしょう』位だと思います。
その2:
はい、次は主人公ピーターと友達(恋人?)のレスリーの配属が決まり、内勤だよと言われてがっくりしたピーターがレスリーと一緒に、パブで飲み過ぎるというくだりです。
最終的に、ぼくらはあまりに酔って疲れていたためケバブを食べられそうになかったから、まっすぐ警察寮に戻った。レスリーはぼくを彼女の部屋に招くことさえ忘れていた。
(中略)
「昨日の夜はごめんね」レスリーがいった。
二人とも、今朝はキチネットのおぞましさに向きあう気になれなかったから、署内の食堂に避難していた。配膳業者は小柄なポーランド人女性とひょろりと背の高いソマリア人男性の混成だというのに、制度上の奇妙な惰性のため、食事は典型的な英国の安食堂ふうで、コーヒーはまずく、紅茶は熱いうえに、甘くて、ティーポットなしで直接マグに注がれる。レスリーは英国ふうフレックファストを頼み、ぼくは紅茶一杯にしておいた。
「かまわないさ。きみのおごりで、ぼくが払ったわけじゃない」
In the end we were too knackered to get kebabs, so we headed straight back to the section house where Lesley utterly failed to invite me to her room.
(中略)
"I’m sorry about last night,' said Lesley.
Neither of us could face the horrors of the kitchenette that morning, so we found shelter in the station canteen. Despite the fact that the catering staff were a mixture of compact Polish women and skinny Somali men, a strange kind of institutional inertia meant that the food was classic English greasy spoon, the coffee was bad and the tea was hot, sweet and came in mugs. Lesley was having a full English breakfast; I was having a tea.
"It’s all right,' I said. "Your loss, not mine.’
ここは色々問題あるところですねぇ。
まずcatering staffを「配膳業者」はちょっと固いです。(笑)まあ、本当にここは警察署の食堂みたいなところで、給仕は指名された業者が当たっているのかもしれませんが。ひょっとすると、station canteenはどこかの駅の食堂という可能性もあります、だったらcatering staffは給仕係ってとこでしょうね。
さて、「制度上の奇妙な惰性のため」なんてところが、この本の翻訳の評判を悪くしている一例ですかね?
確かにちょっと日本語としては、こなれてないです。(汗)
ポーランド人とソマリア人が作ってはいるが、『イギリスの伝統の影響が不思議に残っていて』食べ物は典型的イギリス安食堂だし、コーヒーは不味いけど、紅茶は熱くて、甘くて、マグに入っているんですね。
ここでイギリス安食堂greasy spoonの特徴である紅茶の出し方については、肯定的な書き方がされていると思います。
ここまでは、まあ瑣末な話です。
本当に気になるのは、「きみのおごりで、ぼくが払ったわけじゃない」です。"Your loss, not mine.’の訳なんですが、みっちは異論あり。
ここは金勘定の話ではなく、やっぱ『(傷ついたのは)君の方で、僕じゃない』でしょう。
その前のほうに、レスリーが僕を部屋に招くのに失敗failしたとあります。
訳書では、「レスリーはぼくを彼女の部屋に招くことさえ忘れていた」としてますが、「忘れていた」はちょっと無理筋でしょう。(笑)
普通に読めば、レスリーがピーターを部屋に招き、ピーターが断ったというところでしょう。それを受けて、レスリーが謝ってきた時、ピーターはそのことを念頭に、前述の答えになったと見ます。
(実はレスリーが謝ったのは、別の件だったのですが-笑)
第2章
その1:
「さて、許してもらえるなら、被害者の腸内洗浄検査に遅れてるんでな」
"Circumstances can fucking change,' said Seawoll. "Now if you gentlemen don’t mind, I’m late for my colonic irrigation.’
「被害者の」はちょっと変ですね。ここはきっと、シーウォル主任警部の(ダーティな)ジョークでしょう。
colonic irrigationってのは、健康法の一種?、本当にある処方みたいですね。浣腸っぽい代物みたいですなぁ。(汗)で、『わしは、自分の腸内洗浄に遅れてますからのぉ』と訳します。(笑)
その2:
「ここまで丘をのぼってくると、迷路のような狭い通りをBMWや大型の高級車がふさいでいる。」
We hopped back in the Jag and headed west, skirting the south end of Hampstead Heath before swinging north to climb the hill into Hampstead proper. This far up the hill was a maze of narrow streets choked with BMWs and Chelsea Tractors.
ここでChelsea Tractor(チェルシーの耕運機)というのは、ランド・ローバーLand Rover社に代表される高級4x4車のことです。チェルシーは高級住宅街として有名なところ。
ここになんと英国女王陛下がChelsea Tractorを運転されているお姿が載っております。格好いいですなぁ(笑)
その3:
「彼女は仕切り壁のないリヴィングとひとつづきになったダイニングへと、ぼくらを案内した。床はブロンドウッドで、ぼくがサウナ以外の場所で目にしたいと思わないほど、皮を剥いだマツ材がたっぷりと使われていた。」
She entertained us in her knocked-through living room stroke dining room with blond-wood floors and more stripped pine than I really like to see outside of a sauna.
be likely to~は言うまでもなく、~の可能性が高い、でしょう。ですから、『サウナの外で見かけるであろうよりも、ずっと多くの無垢パイン材』ってところですか。天然パイン材でもいいかも。
その4:
「早起きは三文(ペンス)の得なのよ」レスリーはいった。
"Early bird gets the worm,' said Lesley.
まあ、向こうのことわざを日本のそれに置き換える、それはいいんですが、三文の文のところに、「ペンス」とルビが振ってあるのはどういうもんですかぁ?(驚)
第3章
「ぼくらはありがたく紅茶を飲みながら、状況が落ち着くのを黙って待った。」
Soon after that, blankets appeared, a place was found in the transit van and cups of hot tea with three sugars thrust into our hands. We drank the tea and waited in silence for the other shoe to drop.
ここは、wait for the other shoe to dropをどう訳すかですね。これは、『次に起こる避けがたい事態をじっと待つ』てな意味です。昔の共同住宅(多層階のアパート)で、生活音がバンバン響くようなところ。上の住人がベッドに入り、靴を片方脱いで、床に落とす。その音が聞こえると、次にもう一足の音がするはず。それを待つ、という意味です。(笑)
とまあ、色々あげつらいましたが、どれも話の本質にはあまり関係ないところばかりです。
ですから、この翻訳書で、十分原作の面白さ(とその弱点も-笑)が伝わるのではないでしょうか。
もちろん、細かなニュアンスにこだわるなら、原書で読むしかありません。(汗)
その場合も、こういう訳書をそばにおいておけば、読むスピードが格段に上がると思います。
読者へのお願い
一つみっちの分からない箇所があります。
第3章
「すぐれた上級捜査官というのは、部下たちがすべての"i"に点を打ち、すべての"t"に横棒をいれるように確実にする者のことであり、とりわけ、カツラをかぶった弁護士どもが被告人のクレジットカードを差し込んで訴訟事件を無理やりこじ開けることができないようにするものだ」
A good Senior Investigating Officer is one who makes sure their team has dotted every I and crossed every T, not least so that some Rupert in a wig can’t drive a defendant’s credit card into a crack in the case and wedge it wide open.
ここで、前半部分は良いとして、後半の"some Rupert..."以下が分からないのです。
直訳すると、『カツラをかぶったルパート何某が、被告のクレジットカードをケースの割れ目に差し込み、それを広く押し広げたりしないように』くらいですかね。
何にしてもRupertが分からない。被告とかカツラとか出てくるから、確かに弁護士ぽいのですが。
してみるとcaseは訴訟案件となるわけですが。金を使って裁判を有利に進めるって、ことなんですかね。
なにかドラマ・映画・小説等でこれを思わせる例があるのでしょうか。(汗)
ご存じの方は、教えていただけると有難いです。
以下追記です。(2015年2月20日記す)
やっと分かったと思います。Rupertとは、イギリスの俳優さん、ルパート・ペンリー=ジョーンズRupert Penry-Jonesですね。
BBCのTVシリーズ「Silk」で王室弁護人Clive Reader QC役を演じています。QCというはQueen's Counsel王室弁護人の略です。
王室弁護人QCの地位は激戦らしく、silkとはこのQCのことを指します。take silkとは、QCになる、という意味です。
そしてカツラ姿はこのとおり。(笑)
以上追記終わり
はい、今日はここまでといたします。冒頭の画像は、原書表紙(Kindle版)、邦訳表紙です。