デルファイの巫女はいかにして神託の霊感を得たか? |
神託を得るために、巫女さんは
『聖き泉の水を呑んだり、月桂樹を齧ったり、三脚台をゆすぶったり』する。
筑摩書房「ルキアノス短編集 本当の話」より
ルキアノスは紀元2世紀の人で、このころはまだ神託所は機能していたから、まあ大体信用して良いでしょう。
してみると、神託を得るのに必要な要件は、
1.聖水
2.月桂樹
3.三脚台
とこうなる。
神事に使われる水は『カスタリアの泉』Castalian Springである。これはパウサニアス『ギリシャ案内記』第10巻第8章に記載されているし、泉は現存する。
英文WikipediaでCastalian Springを調べると、写真もあります。
もっとも、アポロン神殿に引かれていた水は、カスタリアの水ではなく、もっと西のテルプーサThelpusa(カッソティス)の泉だそうである。(出典:ロベール・フラスリエール『ギリシャの神託』文庫クセジュ58頁)
さて、三脚台である。これはデルファイの巫女さんが座る椅子として、超有名なのだが、椅子というよりはお鍋が三脚に載っている、という感じである。(冒頭の写真見て下さい)
それで、手すり代わりに、丸い輪っぱが両側に付いている。背が高くて、巫女さんの脚は宙に浮いているようだ。
到底安定して座れそうな代物ではないのだが、それでもこんな椅子を使った理由は、巫女の安全のためだという。
神託を授かる時に、神がかりになるからである。
さぁ、そこで大疑問。テルプーサの泉の水は、いくら飲んだところで、石灰分が含まれていて美味しいかもしれないが、酔いはしないだろう。(笑)
月桂樹の葉っぱをいくら齧っても同様。
それでは、なぜこの三脚に座ると、霊感を受け、神がかりになったのか?
シケリアのディオドロスDiodorus Siculusの書いた歴史書に、デルファイの神託の起源が書いてあるそうで、(みっちは、まだ現物を読んでおりません-汗)それに依ると、
『現にアポロン神殿の奥の院とよばれるところに、むかし大地の割れ目があった。』、その割れ目に近寄ったやぎが神がかりになり、さらに近づいた人間もそうなった。はじめは自分で神がかりになって、神託を受けていたが、そのうちに一人の巫女を選んで、専門に神託を受けてもらうことにした。
(出典は前出『ギリシャの神託』64頁)
何か、これはガスっぽい感じですよね。地中から、何らかの有毒(?)ガスが出ていて、それが意識を朦朧とさせたのではないかと。
さて、デルファイのアポロン神殿は、キリスト教が力を持ち始めてから衰退し、破壊されてしまったので、今では基礎部分と数本の柱くらいしか残っていません。
それでも、遺跡の中に、奥の院adytonの基礎らしい石ブロックが見つかっている。
http://www.odysseyadventures.ca/articles/delphi/articleDelphi02b.html
このページの
http://www.odysseyadventures.ca/articles/delphi/001.oraclestone.jpg
この写真です。
石灰石のブロックで、厚さは約35cm、大きさは1.35mX1mほど。
これが、神殿の床から2~4mほど下がった位置にある、奥の院の床の一部なのです。
左側に、三脚台を設置するための、穴が穿ってあります。左から右に彫られている溝は、テルプーサの泉から引いた水が流れるところです。この溝には、湧泉沈澱物travertineが見られたそうです。
問題は、右側の割合大きな穴。これはご覧の通り、床を貫通しています。口径は床表面で10cm、底で18cmほどです。
これは一体何のため?この床の貫通というのは、地中から湧き上がるガスを通すためではないか?という考えが自然に出てきますよね。
さらに、写真では分かりませんが、この穴を取り巻く四角い領域には、泉の水の沈殿物が見られないそうです。
これはLeicester B. Hollandの説で、彼は、この四角の部分にかっては石の台座があり、その上には聖なる石、オンパロスomphalosが載っていたと推定しています。
オンパロスは中空で、その穴の径は底の方に行くに従い、広がっているようです。
うーん、それらしいなぁ。
オンパロスの写真は、あちこちにあります。例えばここ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Omphalos
まとめると、デルファイの巫女さんは、聖水を飲み、月桂樹の葉っぱを齧り、三脚台の上に座って、オンパロスから湧き上がってくるガス(エチレンガスか?)を吸って、神がかり状態になったのではと。
はい、本日はここまで。
冒頭の写真は、ドイツ語Wikipediaの『デルファイのオラクル』から。
http://de.wikipedia.org/wiki/Orakel_von_Delphi
以下の注のキャプションのついた挿絵から採っています。
絵は女神テミスThemis(もしくはデルファイの巫女の口を借りたテミス)がアテネ王アイゲウスAigeusに神託を授けているところ。アイゲウスは子供ができなかったので、デルファイに相談に行ったのである。
そして、授かった神託は『アテネに戻るまで酒袋の口を開けてはならぬ』だった。さぁ、それで、、、話は長くなるので、また今度。(笑)
あっ、あとこの絵は大変有名なんですが、皿の内側に書かれた絵なんですね。こんな皿なんです。みっちも初めて見ました。ほほぅ、写真は手ぶれしておりますなぁ。(笑)
出典は同じです。
注:"Themis in der Rolle der Pythia prophezeit dem Aigeus einen Sohn (attisch-rotfigurige Kylix des Kodros-Malers, etwa 440/430 v. Chr.), gefunden in Vulci, heute in der Antikensammlung Berlin"